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生活創造建築家 タナベアツシのブログ 2006年1月

石灰岩と凝灰岩。プーリアの石のお話。

プーリア州は“石灰岩”と“凝灰岩”の2種類採れます。



 上の写真はアルベロベッロ近郊の採掘場ですが、ほぼ真っ白な石灰岩が採れます。これは鉄筋コンクリートの骨材(コンクリートの中に入れる小石)にも、漆喰の材料(消石灰)にも使われます。アルベロの建物には欠かせないもの。石灰岩は硬く、色も白から褐色まで豊富です。ただ、細かい彫刻加工などには適しません。


 また、火山などがある地域には、火山性物質と共にカルシウム分が堆積した石が採れ、これを一般に“凝灰岩”と言います。
 プーリア州は 主に石灰岩盤なのですが、火山性物質のバランスにより、凝灰岩が採掘される地域があります。
 バーリ、アルベロベッロ、トラーニなど、中央から北プーリアは純粋な石灰岩盤ですが、もう少し南(かかとの先端)や西側(土踏まずのあたり)などは凝灰岩も採掘できます。

 凝灰岩は、多孔質(小さな穴が無数に存在する)な石なので、軽く、加工も簡単、吸水性に富んでいます。アルベロから100km南東にあるバロック建築で有名なレッチェなどはこの凝灰岩(トゥフォ ”カルパロ”といいます)を使用します。この石、黄色がかっていて いかにもボロボロと砂が落ちるくらい 脆い様子。彫刻には適しているみたい。



上の写真で 黄色がかった壁が”トゥフォ”。その周りがアルベロ産石灰石です。色の違いがわかります。ざらざら感も全然違う。これはアルベロベッロでの修復で ”内壁”にトゥフォを使った様子です。



 一方、上の写真は 昔ながらの材料、工法で作り直したトゥルッロです。 もちろん石灰岩のみ。積んだだけ。 白いでしょ? 硬く、しっかりしています。

 いまではアルベロでも内壁に使うトゥフォ。火山性堆積岩トゥフォは、実は寒い地方にはありません。 なぜなら、多孔質なために、水を含みやすく、零下になると吸収した水が凍って割れてしまいます。
 ということは、アルベロベッロなどのように 冬寒い地域にはそもそも存在しえない、また 少なくとも外壁には使用できないのです。水が入ってきてしまいます。

 トゥルッロは “そこにあった石でできた民家”で、石灰岩だけで十分機能をはたしていたわけで、レッチェから凝灰岩を運ぶ意味もなかったのでしょう。

 
 アルベロベッロの景色は 石の性質と 気候の特性(零下になるかならないか)からも理にかなった景色なのだということがわかります。もし零下にならず、ここでトゥフォが採れたら、もしかしてアルベロベッロは“黄色いトゥルッロ”によってできていたかもしれませんね。
 いやいや、脆いトゥフォでは頑丈なトゥルッロが作れないなら、トゥルッロ自体の存在もなかったかもしれません。





そういえば、もう6年経つのか。

このアルバム、ご存知ですか?

MISIAの LOVE IS THE MESSAGE 。

2000年、 今まで勤めていた設計事務所を自主退職し、イタリアにて改めて仕事を探していた時です。
1998年に 一人旅で知ったアルベロベッロとそこに住む素敵な人々。 もう一度この人達に会えば、 もっと建築が楽しくなる!と思って訪れた時期です。 このときは ほぼ全く イタリア語はできませんでした(今も苦難の日々ですが。 苦笑)

 このアルバムを持っていき、中古のパソコンのスカスカのスピーカーで聞いていたんです。
 他にも友人からいろんなCDを出国直前にプレゼントしてもらい、夜になるとそれらを聞きながらなんとかイタリアで生き続けていた日々。 特にこの MISIAの このアルバムは アルベロベッロを思い出さずにいられないくらい、よく聞きました。といっても アルベロの情景とMISIAとは 全然違うんですけどね

 久々に今日 2006年、 この地 アルベロでこのMISIAを聞いて(WMAでCDいらず があたりまえになりましたね)、なんというか 時間は経つものだな、 6年前の環境はだいぶ違い、なんとかイタリア政府給費留学という形で来れたし、隣に妻Kもいるし なんて思いつつ。アルベロベッロの建築技術がもっと理解できるようになったし。とにかく この6年間、いろいろありましたが、本当に好きな場所と家族とのコンタクトを、あきらめないでここまで来れて 本当によかったあ 

 いよいよこの半年で がんばっていろいろ勉強しなきゃなあ 帰国してから 自然素材と向き合うこの経験をもとに 良い建築を設計しなければ と思う夜でした。




アルベロベッロで讃岐うどん。

ここ アルベロベッロのあるプーリア州は、隣のバシリカータ州とならんで”南イタリア 小麦粉文化”の地域。
もちろん ナポリのあるカンパニア州や、中央イタリアのトスカーナ州も有名ですが、小麦粉の質としては かなり上質かつ安価な地域だと思います。

小麦粉は、大きく分けて 二つ。

グラーノ テーネロ(やわらかい小麦粉。つまり薄力粉)
グラーノ ドゥーロ(硬い小麦粉。つまり強力粉)

グラーノ テーネロは 小麦粉の細かさによって ティーポ0(ゼロ 粗め)、ティーポ00(ゼロゼロ 細かい)、ファリーナインテグラーレ(胚芽入り)と分けられます。これらは パン、フォカッチャ、生パスタ、ケーキ生地などに使用されます。

グラーノ ドゥーロは ちょっと黄色い感じの いかにも強そうな小麦粉。セモリナ粉。 これはパスタ、ピザなど、もちもちを出すときに使います。


さて、本題ですが、こっちの小麦粉で、讃岐うどんに近い うどんを作ってみようと試みた妻K。そう、妻Kは 四国育ち。香川県ではありませんが、うどんにうるさいのです。
 彼女のいままでの経験によると、グラーノ ドゥーロでは ”強すぎる”と判断。薄力粉である”ティーポ00”で打つことに。



水、塩、ティーポ00。 ある程度固まってからビニール袋の中にいれ、足でふんづけて3時間寝かせました。

出汁ですが、お正月にとった かつをと昆布出汁で しょうゆ、塩、お酒でシンプルに仕上げました。

薬味は 長ネギ、しょうが(S&B)、そして セモリナ粉の”揚げ玉”!これは私がやりましたよ。あと ゴマです。



これがそれ。

もう ここはアルベロではなく、普通に”日本のうどん屋さん”。 コシもしっかりあり、少し短めのうどんになりましたが、スパゲッティ感は一切ありませんでした。



また、揚げ玉も生かすのです
うまいのです。 油はもちろんオリーブオイルでなく、ひまわり油! ちょっとごま油も入れましたよ。また もってきたしょうがも讃岐うどんに仕立ててくれました。

 一方、妻Kは ”のどごしが悪い。 キレがイマイチ”と言ってました。次は粉を変えてみよう。それでも十分なおいしさでした。 意外と探究心の強い妻K。もっとうまい讃岐うどんをつくってくれることでしょう。 がんばれ妻K!





アルベロベッロ誕生に大きく関わった町 コンヴェルサーノ

 そもそも私達の住むこのアルベロベッロ、トゥルッリの町として伝えられてきたのは1500年ごろからです。
 その頃 ここは ナポリ王国の領土でした。
 アルベロベッロ周辺の土地の支配を任されていたのは、コンヴェルサーノの伯爵でした。このコンヴェルサーノという町、アルベロベッロの景色やシステムの基礎を築き上げた 暴君”ジャンジローラモ2世伯爵”のお城があるので有名です。

 NHK”探検ロマン 世界遺産”をご覧いただいた方は すでにご存知かと思いますが、アルベロベッロは この伯爵の方針により、小作農民を集め 低金利で農地を貸付け、オリーブや牛、豚、馬、ワインなどの農作物酪農などをさせていた町でした。トゥルッロはこわせるように セメントは一切使用禁止にしたのも 彼のせいです。
ここの統治から開放され、独立自治体になったのは1797年、晴れてトゥルッロは壊さなくてよくなり、セメントを使用しはじめ、今のような白い景色になったのです。