HOME > 生活創造建築家 タナベアツシのブログ > アーカイブ > 2006年4月

生活創造建築家 タナベアツシのブログ 2006年4月

怒涛の復活祭 その4 4/17 ピザと肉料理大会!

復活祭 これが最後です。4日目。

復活祭は日曜日。 次の日の月曜日も祝日で仕事も学校もお休みです。
この日は パスクエッタ といい、“大復活”とでも訳せばいいんでしょうか(笑)
正月の3が日みたいなものでしょうね。

びっくりしたのが、 この日 とても天気がよかったのと お休み というのもあって アルベロベッロ全体が大変なことに!



そう、ここはプーリアの一大観光地。 世界遺産 アルベロベッロ。 イタリア人もドイツ人もイギリス人も 遊びに来ていて ホテルは全て満室。レストランも満席。
町全体が竹下通り状態です。
 我々は 本当に中心に住んでいるので 大変な騒音。こんなアルベロ 見た事がありません。 これがこの町の”本当の姿“なのか と思うのです。秋に来て 越冬をしましたが、これから本番なんですね。

 遊びに来ているYGM君と そんなアルベロベッロをちょっと散歩し、午後 ニーノのトゥルッリ別荘へ。 町が込んでいるときは 郊外でのんびりするのが一番ですね。誘ってくれてありがとう ニーノ。

今日の別荘はすごかった!
ニーノは建設業の親分なので、いろいろなお施主さんがいらっしゃいますが、今日のお客さんは いままさにアルベロベッロナンバーワンレストラン ピザ屋さんを作ろうとしている家族でした。 ニーノはその家族の資産でもある 築150年の建物をレストランに改装しているのです。
 ということで ピザ職人のお施主さん、別荘にはピザ釜があるので 本格的なピザを振舞ってくれました。



 写真はニーノの3男 ヴィットリオ(彼は建築職人ですが、若い頃シェフになりたくて修行経験もある)ですが、この生地は お施主のフランチェスコさんの作。 普通ピザ生地はイースト菌を入れて 40度程度の温度で数時間発酵させて膨らませますが、彼の場合は ほんの少しのイースト菌に 冷蔵庫で3日おいて 少しずつ発酵させるタイプ。時間も手間も そして経験も必要です。



焼きたてのピザ。 これです。 トマトとチーズのみ。バジリコは入りません。
本当にこれは 文句のつけようのない 完璧なピザ。ニーノの釜と お施主さんのピザ生地のコラボレーション。幸せです。
 そしてニーノの兄貴 マルキーノ(やはり 建築職人でした)の豚肉ロースト。





いつも彼が焼いてくれるのですが、季節も良くなり 外の釜で焼く豚肉(バラ肉 カルビ ソーセージ)は格別です。ヴェネツィア人YGM君(日本人です)もこのお肉のおいしさには感動してくれました。

こうして“大復活祭” 計約30人の家族とお施主さん 我々の昼食会は行なわれ もちろんワインもふんだんに飲み 日が暮れていくのでした。
その後 YGM君と帰宅し、さらに妻Kにうどんを打ってもらい いただいた日本酒でいっぱい始めたのでした。

 次の日は普通に設計協力業務。 怒涛の復活祭は終了です。
いや しかし。 実は来週末も“サンマルコのお祭り”と言われる 飛び石連休が。
4/25は レッチェ郊外の別荘で昼食会。

ふう。

怒涛の復活祭 その3 4/16 魚介類復活祭ランチ!

復活祭 のまた続き。



午前4時半にあの“卵祭り”から戻った我々は 死んだように眠りました。
気がついたら12時半。突然 家族のニーノ(師匠)から電話が。

“おい あと20分で出発だぞ。 海辺のモーラ ディ バーリのピエロの家で復活祭の食事だ!”
そう、 ニーノは ほぼ毎週末 このモーラーディバーリに住んでいるピエロ家族をアルベロに呼んで御飯を食べています。ピエロはきっと“復活祭くらい 家でやりましょうよ”とニーノ達を呼んだに違いない。親戚関係を穏便に築くのは イタリアも日本も同じなんですね。ということで ニーノ家一行と私と妻Kは お呼ばれ。
肉体的な疲れは残っているものの お酒を飲みすぎて辛いわけではないので なんとか待ち合わせ時間に間に合って ニーノの車で出発です。(運転しなくていいので ラッキーです)

到着したのは午後2時ごろ。