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生活創造建築家 タナベアツシのブログ 2006年5月

アルベロ含む周辺の町が白い町を作った本当の理由その一

白い街 アルベロベッロ。
以前、アルベロベッロが役場の努力のもと なんとかキレイな”白い街”を築きあげてきたことを紹介しました。

 この白さは 実はアルベロベッロだけではなく、隣町のロコロトンド、その隣チステルニーノ、そのまた隣のオストゥーニ と 周辺は白い街だらけ。

なぜ白いか?


1 石灰岩が採れて 石灰(つまり日本でいう 漆喰)がよく生産されているため

2 この石灰は安い(日本は高い!)

3 この石灰を塗ると、夏の日差しを反射し、室内の気温を低いままに維持することができる

だいたいこんな感じですか。

土着的な建築はいつも”いまここにある材料で建物を作らないと 生命に関わる!” という切羽詰った状態でできた建物であります。この地には石灰岩という最適な建築材料が地面に埋もれていたのですね。

特に3 の理由。!最近実感。。 ここ暑くて暑くて もうたまりません。 今日は38度だったそうです(!) 




これは二つとなりのチステルニーノです。
白いですね。 道幅は約3mから5m。 でも道いっぱいに建物が建っております。高さはおよそ12mから15m。
冬は”日差しが入らなくて 寒い!” と思っておりましたが、夏に近くなると 実に快適。
 そうです。直射日光がさえぎられる のですね。
 日光によるエネルギーは 夏場は
朝と夕方の 日が低い時間に壁(東側と西側)を暑くし、
冬場は正午近くに南の壁を暑くします。

 つまり 道幅が狭く、建物がそれよりも高く設定されると 夏場の夕日や朝日を建物の壁に直接照らさなくてすみます。

 間違いなく、夏場のことを考えております。

 実は日本の民家も夏場のことを考えています。
 日本の場合は 湿気対策、通風対策です。床が1/4間(45cm)上がっていること、雨風を避ける 日光を避けるため 必ず軒があります。東西に長く、南北に短い つまり”壁を暖めない構造”になっています。
 民家が夏場の事を考えて建築しなくてはいけないのは、食料を腐らせることなく 他の生物から守ったりしなくてはならないことも理由のひとつでしょう。
 冬場の寒さは暖炉でなんとかなりますが、夏の暑さはどうしようもない。。

 石積みであるトゥルッロはこの室内と室外の温度差は 壁の厚さ(石積の構造自体ですが)によって大きく左右されます。
 トゥルッロなんか、平均の壁厚さは80cmほどあります。この石の厚さが エネルギーを吸収してくれるのです。つまり”熱しにくく 冷めにくい”。白く塗ると エネルギーは反射するので 石に吸収されにくくなります。つまり室内は快適。

 でも アルベロベッロのトゥルッリが白いこと、いや白くいられること、それを今でも維持していることに 特別な理由があるんです。
これは歴史的、政治的な問題。



次回に続く。

思わぬ所で日本の授業を?!

先週 私は日本建築の授業を大学で行なった と前の記事で書きました。

これがけっこう反響を呼んだらしく(つまり、プーリア州は日本の情報はほぼ適切に入ってきておらず、一つ一つの情報が新鮮だったらしく、、)、今度はなんと

州都バーリの私立小学校の小学生に日本の文化と建物を教える!

という依頼を受け、本日授業してきました。



これはある小学校のエントランスです。 きれいですよね。道は汚いのに。

 昨日 教授のアシスタントの女性建築家から連絡が入り、
”私の息子の学校で 朝 この前の授業を簡単にして 小学生にも教えてもらえないかしら!”と。
 実は このアシスタントの建築家の息子さん、授業の前に自分が作った授業内容の下打ち合わせのとき一緒にいて(こういうことはよくあります。子供を普通に職場につれてきます)彼もその内容を見ていたのです。
 彼は10歳。でもすごく楽しかったらしく、”友達にもみせたい!” と担任の先生に懇願。 母であるアシスタントの建築家のもとに 担任の先生から”私たちの生徒にも日本の文化を教えたい。ぜひ来てほしい”と依頼されたのだと。

 もちろん受けました。なにしろイタリアの小学校に入ったことありませんから。 面白そうだな と。

 イタリアの小学生は 日本の小学生よりも100倍ワルガキにした感じです。でも邪気はありません。 なので 見慣れないアジア人をどう見るか ということが多少不安でしたが、イタリア人自体にだいぶ慣れてきたのでヘッチャラだ! と思い、トライしました。

 結果は 大好評でした。 みんな1時間の授業を興味深く聞いているし、屈託なく

”イタリアより日本のほうがサッカーうまい?”
とか
”日本の小学校は この学校よりでかい?”
とか
”おれ 寿司しってるよ でもたべたことないよー”
とか 普通に接してくれて しかもかわいく とても良い経験になりました。

1時間では時間が足りなくて
”また来週来て下さい!”と担任の先生に言われ(ちなみに先生はドクター持ってました 他に聴講していた先生二人も 教授でした! なんなんでしょう この国 小学生に教授を置く とは。。でもすばらしい試みです もう少し公衆の面前での道徳を教えれば完璧ですね 苦笑)

来週も小学生相手に授業です。
今度は 御寿司と てんぷらとすき焼き 焼き鳥 浴衣と 花火と お祭りと お寺なども含めて 教えてきます。
こっちでいろんな日本料理 試してみてよかったです。

意外な方向の展開に少し楽しくなってきたタナベ

アルベロベッロの町はいかに白いか?



アルベロベッロは ご存知世界遺産にも登録され、さらに わが国の岐阜県荻町白川村との姉妹都市を結んでいる農村型集落です。

 この町に日本人は年間1万人観光にいらっしゃる とのことです。
”あのとんがり屋根の町!”
”ムーミンが住んでそう!”
などで わりとメルヘンチックな印象を受けがちなこの アルベロベッロ。

 住んでから7ヶ月経ちました。 この町と付き合い始めてから およそ9年。。

 この町、もちろんいまではすべてが民家”トゥルッロ”なわけではありません。 わが父 ニーノ親分も しばしば鉄筋コンクリートの建築をアルベロに建てております。

 しかし、他の町(イタリアも日本も含めて)と比べ、ものすごおーく 白いことに気がつきます。
 それは トゥルッリだけではなく、新しい鉄筋コンクリートの建物も含めてです。
 遠くからこの町を眺めると、本当に白い町!
それがオリーブ畑やカシの木と融合して あんまり違和感のない 清潔な町を構成しています。

 新築の建物もけっこうあるこのアルベロベッロが 統一された色(材料 といったほうがいいかもしれない)でありつづける努力をしたのは

なんと

アルベロベッロ町役場 そのものなんです。

日本では ここまでの統一は 考えられません。

アルベロベッロには 日本の市町村と同じく ”景観条例”なるものがあります。しかもこれがものすごく優先順位が高い!つまり条例なのに法律に近い!

要約すると、、

1 トゥルッリを尊重した建物とすること
2 教会よりも高い建物は根本的に建築不可能
3 建物の外観は 白 もしくは 自然素材の色とすること
4 白の素材は 伝統的な石灰が最も望ましい
5 その他 各地域によって 用途地域が制定、細かな建築基準が制定
6 たとえ建築工事が進んでいたとしても それに対し町は異議申し立てができる
7 その意義申し立ては ”美しくない!”という理由もまかり通る!!

こんな感じです。

 特に上記4を補足すると 石灰を使う事を推奨することで、いままで伝統的に石灰業者だった人々は仕事を失わなくてすみます。つまり 伝統的職業を良い意味で保護しているのです。

ちなみに 日本では、

1 建物を建てるためには 町に申請しなくてはいけません。これを俗に”確認申請”といいます。 最近3,4年で規制緩和がなされ、民間の申請業者でも確認申請を受理→認可 という経路をたどれるように。 これがあの”○歯事件”につながる規制緩和の一環です。
2 市町村には 日本でも数々の”条例”が制定されています。
景観条例もありますが、アルベロベッロのように うるさくありません。 たとえば、新宿区では
 エアコンの室外機は見えないように
 自転車置き場はちゃんと設置のこと
  
 などなど かなり適当です。
 つまり 日本の条例は 役所の立場を守るだけで 本当の美しい街づくりをしよう! という気持ちがあまり伝わってきません。


では アルベロベッロで だれが こんなめんどうくさい条例を判断しているのか?

実は

イタリアの各市町村には 建築家と都市計画家を抱えている


んです。
日本では 賄賂の対象になりかねませんね。
でも彼らは 市町村の建築家になった以上 民間から仕事をもらってはいけないことになってます。
彼らが一環して 一つ一つの現場を ”美しいか” ”ふさわしいか” 判断し、 ひどい工事には 工事停止 という権限も持ち合わせている ということ。
 つまり 言い換えれば ”法律の条文を尊守するだけではなく、町を冷静に見据えた上で 一つ一つのプロジェクトに口をはさむ” ことができるんですね。

 そして 美しいアルベロの町を作る という町の気持ちは住民にもよく伝えられ 皆さん土色の植木鉢に花や植物を飾ります。自主的に! です。この不統一な統一は 風景につながります。なにしろ”心”が入ってますから。

 建築家にとってはちょっとめんどくさい ですが、でも町全体の風景を考えた上で 役所が権限を持っている ということは ”建築家と役所が プロとして話ができる”というシステムが築けている”ということにもなります。

 故に アルベロベッロは近代化 現代化が進んでも ある程度の”節制”をもって いままでの風景を最小限の消滅で食い止めている といえると思います。

そこで思うのは、

日本の役所も 本当に自分の町の住みやすさと快適さと美しさを守りたいと思うなら もっと専門家を役所に入れ込むべきだ! と 思うんですが、いかがでしょうか。 これまた賄賂につながるんでしょうかねえ

町を生かすも殺すも 役所の采配次第 と 思ってしまいます。

このブログをご覧の皆さまにも ひとつ聞いてみたいなあと思います。

どうです? あなたの住んでいる街は 美しく 住みやすいですか?


ついに100歳!おめでとう!

何が100歳か。 ?

実は5月13日は、私のお婆さんの100歳の誕生日。!
イタリアに連絡がないので、おそらくご存命かと(笑)




 この写真は私がイタリアに出発する前に撮ったお婆さんです。
今は足腰 頭が少々(苦笑) 弱っているので もう7,8年前から青梅の老人病院に入院中。
 でも いまでも自分でトイレに行きます。御飯もよく食べ、なんとお酒も飲みます。 ちなみに上の写真 お婆さんが飲んでいるのは”日本酒”です(驚!)。

イタリアの家族は、”そんなに長生きということは さぞ体に負担のない食事をされていたんでしょうねえ”と言ってくださいますが、 実は彼女、牛肉のステーキが一番の好物。しかもサーロイン。しかも他の家族の脂身を集めては食べてしまう。これを85歳まで繰り返している、化け物です(!)。

 月に2回は 私の父が見舞いに行き、大好きなお酒を注入しては生き返ります。この病院”好きなことはやらせてあげましょう”という素晴らしいコンセプトをお持ちの院長さんなので、持込のお弁当も お酒ですら 節度をもっていればOKなんです。

 当日はおそらく 親戚が何人か集まって お祝いしていることと思います。特にかわいがってくれた私や妻Kが出席できないのは 本当に残念です。が、今後とも少しでも長生きをしてもらいたいものです。

イタリアの家族にまみれ より家族の絆の大切さを実感している孫でした。
 

日本建築の授業 やってきました

大学から 3時間前に無事帰還いたしました。。

ぐったり疲れました。 が 充実したものを久々に感じました。

日本の木造建築の授業をする!(しかも授業料を払ってボランティア!?)

まあでも 自分自身 外国人に自国の建築技術をイタリア語で説明する! というのは ひとつの挑戦でもあったので けっこういろいろ考えて 楽しく準備をしてきておりました。
(なにも毎日飲んだくれているわけではありません! 笑)

 午前10時30分から授業で 私の番は11時30分ごろからでした。
 いつもはOHPですが、OHP用のシートをコピーする環境がないのでpowerpointで説明することに。 つまり プロジェクターが必要で 前々日に予約。(大学機材は 予約が必要です)



 木造の授業 といっても 木材はイタリアでも日本でも同じ。
ただ、構造自体が”木”でできている というのは イタリアではあまり というか ほとんどありません。 石積か鉄筋コンクリートが主です。我々の木造建築は 彼らにとって脅威です。 奈良の寺社などは1200年も前のものが現存するのですから。”木造だと せいぜい50年くらいでしょ?”という 彼らの想像を絶するものが日本にはたくさんあります。(自信!)

 私が用意したのは次の通り。

1 針葉樹と広葉樹の違いと 使い分け
2 1間 1尺 という 日本独特の単位と その使い方
3 各パーツ(土台 柱 屋根など)の作り方
4 木材同士の接合部の伝統的技術(継手仕口 といいます 釘を使わないで木材同士を接合していく日本独特の技術)
5 日本の木造建築の歴史(奈良時代から現在まで)を写真などで おおまかに追っていくもの

とくにびっくりされたのは、



障子



お祭りの際に 柱の間いっぱい 開口部になってしまう建物

内部なのに 外部のような使い方のできる町屋や農家の建物

実はこのような日本の技術は 西洋の現代建築の基礎(ル コルビジェというフランスの巨匠建築家や イタリアのカルロスカルパというすばらしい建築家 ブルーノタウトという日本の数奇屋を研究していたドイツの建築家などにとても影響を与えています)になっていたこと 

1200年前の木造が きちんと現存していること

などでした。


 とりあえず 1時間25分 なれないイタリア語で アシスタントの皆さまに支えられながら しゃべくり倒すことができました。 一応 拍手もいただき。。(照)

 日本でも教鞭をとったことのない私。
今日ほど 教壇と生徒の席との距離を遠く感じたことはありませんでしたよ。

 でも
”このパワーポイントのファイル よかったらコピー してください”と言った瞬間、行列ができたのは 私にとって喜びとしか言いようがありませんでした。
 それほど、我々日本人の素晴らしい技術は 国際的に浸透していない ということでしょう か

そこで 少し思ったのは 北野武監督や 宮崎駿監督、坂本龍一の存在。 イタリア人でも だれでも知っています。(若い人限定ですが。。)

建築の世界でも 料理の世界でも 我々の素晴らしい技術や伝統を もっといろんな国の人たちに 見てもらいたいと思いました。もっとも建築学科の学生は 安藤忠雄や 磯崎先生、丹下健三先生などの日本人建築家の名前はよく知っているようですが。
 でも伝統的な技術は ”建築家”が作ったものではなくて 生活の中で培ってきた経験的技術。 これを理解しなければ 現代建築の知識だけでは 本当に価値のある建物はできないなあ と 思うんです。

 つまり 私達が 日本を 日本人の生活を もっとよく知る! ということ なのかもしれません。
 それは人間として どうやって心地良くお互い生きていくか ということの整理に役立つかもしれません。

 今回の日本建築の授業は 完璧ではありませんでした。 でも きっと 聞いてくれた学生は ”何か”を感じてくれた と信じています。

イタリアに来て 半年たちました。
ここで感じるのは、イタリアもすごいですが、日本も 捨てたものではない ということ。
 しっかり90分もの授業を 飽きずに 静かに聴いてくれたイタリアの学生に 感謝!!


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