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生活創造建築家 タナベアツシのブログ 2006年7月

ウンブリアの町 コルトーナとトスカーナの町 アレッツォ

だいぶ書き溜めてしまいました タナベです。
6月の旅行、がんばって書いちゃいます。目標毎日更新!

さて、この間は アッシジ スポレートについて簡単に書きましたが、その次の日です。
アッシジはウンブリア州、フィレンツェはトスカーナ州。”イタリアのへそ”といわれる イタリア中部です。 イタリアのかかと プーリア州から旅行をしてきました。

 アッシジを出発した私達、途中 丘の上にそびえ立つ コルトーナ(Cortona)という町に立ち寄りました。この町、ウンブリアの盆地(高速道路上)からみると、本当に上の方にあり、よくもまあ あんなところに町を作ったもんだと思うほど。でも町の起源は古く やはり2000年前には原型があったそうです。




 私のポンコツ車で坂道を登り、ようやく到着。 すると、今度は今まで走っていた高速道路が遠く下界に見えます。本当に絶景!



 コルトーナについては全然勉強してきませんでしたが、すでにイギリス人 ドイツ人の間では穴場スポットとして知られているらしく、観光地でした(苦笑)。でもローマやヴェネツィアのような”一大観光地”ではないので、とても落ち着いた 素敵な町でした。
 斜面にへばりついて作られているので、等高線に沿って平行に何本か道があるような、その道を階段や急な坂でつなげている 上下空間がとても面白い町。コルトーナ 穴場ですよ 

さて、お昼御飯を食べよう とトスカーナ州のアレッツォ(Arezzo)に向かいました。道中も 丘あり、川あり、ぶどう畑あり、 とても綺麗な景色。

アレッツォも丘の斜面に作られた 坂の多い街です。ここは映画”ライフ イズ ビューティフル”の舞台となったことで大変有名です。



 旧市街の広場も斜面です。ところどころにメディチ家(フィレンツェの大豪族)の紋章があり、中世当時のフィレンツェとの攻防がうかがえます。



 トスカーナに入ると 突如町の色が落ち着いた感じになります。
 そう、レンガが多くなり、土壁の色も褐色でシックな感じになっています。

 うーん イタリア。 プーリアは本当にイタリアなんでしょうかねえ。
トスカーナ料理のがっつりしたサラミやにんにくの効いた太麺パスタ(ピチ といいます)などをいただき、フィレンツェへ向かいました。

続きます 



イタリアの運転事情 そして 訃報

 またまたご無沙汰しております、タナベです。
昨日まで 実は実は! イタリアを離れ スコットランドに旅行(夏休み)で行ってまいりました。
イタリアを離れるのは 夫婦とも10ヶ月ぶり! トスカーナ ウンブリア もものすごくリフレッシュになりましたが、この旅のリフレッシュたるや!

 ともかく 建築家としての目を持ちつつ がんばって見てきましたスコットランド。 本当に開眼。 食事もうまい! トスカーナが終了次第、どんどんアップしていきたいと思います。

 さて、 トスカーナのレポートをちょっとだけ中断し、今回はイタリアの運転事情について。

 イタリアにいらっしゃった方はご理解いただけると思いますが、イタリアの運転は、

 1 ものすごく荒い!
 2 狭いところをすごいスピードで走る!!
 3 急発進 急ブレーキ!
 4 反省なし!


です。
 特に南イタリアは ナポリやシチリアのパレルモを筆頭に ものすごくひどい運転です。

 アルベロベッロ近郊の田舎道を走っていても、カーブの直前で抜かされます(この恐怖たるや 運転している私にとっては死に物狂い)。
 イタリアの道路幅は 日本のものよりも50cmほど狭くても認められております。駐車場の道路幅は、
 日本 片道3.5m 両方通行5.5m
 イタリア 片道3m 両方通行 5m
駐車場幅
 日本 幅2.5m 奥行き5m
 イタリア 2.3m 奥行き5m

つまり、 日本人にとってはかなりタイトな仕様。
 
 高速道路のインターチェンジ 出口のカーブが急で、速度を落としていないとおそらく曲がれません。 でも速度を落とすと後ろの車が急接近!

 田舎道にはものすごくゆっくり走る農耕者(時速25kmから30km)がいて、これによくはまります。 すると、うしろからものすごい勢いで抜いていくので 私はこの農耕者を抜けません。 タイミングが合わない。 タイミングをミスして 事故りたくないし。

 合流もひどい。 だれもよけてくれません。

 駐車もすごい! バーリの町は ほとんど車でできています

 こんなイタリア。 ここに来てくださった我々の友人知人家族から、”これで事故は起こらないの?”と質問をいただきます。


 事故ります。

私が去年10月からアルベロベッロに来てから、重大事故が3件。人口1万人の田舎町 アルベロベッロだけでですよ。

そのうち 残念ながら2人 亡くなってしまいました。

そう 本日、起きてはならない事故が起きてしまいました。仲良くしていた アルベロベッロ町役場の役人だった JP君が バイクの事故で 亡くなりました。彼は わが国岐阜県 白川郷との姉妹都市を勧めてくれた 素晴らしい若き役人。何回か飲んだこともあるし 会う度に挨拶する仲でした。

 バイクで速度をかなり出し、カーブにて車とはちあい、スリップしてしまったようです。

 本当に 本当に残念です。 こんなにのどかな田舎町。 若者が天国に行くようなところではありません。 JPは私と同じ年。1972年生まれ。 なんと親不孝なことか・

 なにしろ 前にも書きましたが”無鉄砲” ”反省しらず” ”自信過剰” という 一部のイタリア若年男性特有の価値観は 本当に大切な”自らの命” を奪うことになってしまう。
 残されたJPの30年来の親友、私の大切な兄弟アルバーノは いまごろ 本当に辛いはずです。

 10ヶ月を過ぎて イタリアの裏と表を見ているタナベです。

安全運転の方が逆に怖いかもしれないイタリアより

ウンブリア州の山岳都市 スポレートとアッシジ

さて、W杯の話はもうやめましょうね。そもそも"建築ブログ”でした(笑)。


先月6月に行った ウンブリア トスカーナ旅行。
ローマの空港で妻Kの両親と無事落ち合った後、ローマから北東に位置する”ウンブリア州”の町を見に行きました。
 プーリア州とローマあたりの景色の差に最初から感動していた私と妻Kは さらにローマを北上することで、その景色の変わりようを見て、"本当にイタリアにいるんだなあ”と実感するのでした。
 とにかく緑の色がやわらかい! 川がある!山がある!(ちなみに我々が住んでいるアルベロベッロ周辺は 松ノ木かオリーブか樫の木 川も山もありません) 日本の色にちょと似ているかもしれません。

 最初に訪れたのは 山の上の小さな町スポレート(SPOLETO)。イタリアの写真集などを見て とても歴史のある綺麗な町だと知り、いつかは来てみたいと思っていましたが、なにしろ山の中なので、車がないと不可能なところ。今回はラッキーでした。



 渓谷の一部の小高い丘とその斜面を利用したスポレート。町を見下ろす丘の上には城郭があり、ローマ時代と思われる大きな水道橋もあり小さいながらも見所が満載。もちろん坂だらけの町ですが、古くは2000年前から存在し、いまでは現代アートを町の各所に設置した新旧一体となった町でした。 町も人も素敵です。
 建物をみると、やはり石の色 種類 全くプーリアのものと違います。
 プーリアの石は石灰岩、こっちの石は凝灰岩と川石。ところどころにレンガも見られました。(レンガはトスカーナの方が有名です)
 また、建物全て(床も天井も屋上も)が石で作られているプーリアの建物と違い、床は木製、屋根は瓦葺き。垂直にそびえ アーチの形も構造も違う。ここから先はかなり専門的なので省きますが、どっぷりプーリアに浸かっていて見えるものがあるんだなあ と実感します。
 
 その後 フランチェスコ大聖堂で有名なアッシジ(ASSISI)に向かいました。 1日目はここで宿泊。10年前に姉と旅行して以来のアッシジ。その間 大地震にみまわれ、大聖堂が半壊してしまったと聞かされ 今はどうなっているのかもう一度見に行きたかったのでした。



 ウンブリアの平原にそびえる山の中腹に位置するアッシジ。遠くから町を望むことができ、また町からは見渡す限りのぶどう畑を見下ろす事ができます。相変わらず素晴らしい景色!



上の写真、左側に広がる平地はずうっとワイン畑。 見事。

  ウンブリアは白ワインがとてもおいしいので、早速飲んでみましたが、
プーリアのワインばかり飲んでいた二人にとっては、ここでもイタリア再発見! な素晴らしいおいしさでした。 これから4日間、このような”純イタリア”を感じさせるワインや料理をいただけるかと思うと わくわく。

 ここアッシジはフランチェスコ派の総本山。いたるところに宗教関係の方がいらっしゃいます。観光客も多い。
半壊した教会は奇跡的に完全( ではないかもしれませんが)に修復され、ジオットの有名なフレスコ画も直されていてほっとしました。
やっぱり中部イタリアはなんだか豊潤な雰囲気が漂っています。

次回に続きます。



W杯イタリア優勝! と 頭突事件 スキャンダル

おひさしぶりです。
先週から プロバイダーの調子が悪く(よくあるんですが 苦笑)、インターネットのつながらない状態が続いてしまいました。ようやくつながりました。

 さて、イタリア 本当に優勝しちゃいましたね! 日本ではもうすでに忘れ去られているであろうW杯。

決勝戦当日はアルベロベッロにて たまたま遊びに来ていた友人夫婦と観戦していました。
準決勝勝利でも大騒ぎだった ここアルベロベッロでは、警備強化のためと、また盛り上がるためという この相反する事態を
 ”広場に大画面スクリーンを設置して 5000人は観戦できる劇場に”してしまいました。


こんな感じに盛り上がりました

 観戦客をひとまとめにしてしまおうという作戦ですね まるでニューシネマパラダイスの1シーンのようですね。(良く言いすぎか 笑)
そのかわり、
 1 当日午後2時から翌日7時までは 外での飲酒およびお酒の販売が一切禁止に
 2 広場周辺の道は封鎖
 3 観戦目的としか思えない警官を多数配置

 という特例の法律でもって試合を望みました。大画面といっても まあ100インチそこそこか と思ったら、なんと幅12m 高さ8mの本当の大画面!

 人口10000人の村が よくやったと思います 本当。。

 試合中は ぎゅうぎゅう詰め という感じではなく、ゆったり見れました。人口が人口ですからね。暴徒と化す人は一人もおらず、むしろ静かに見てるんですよね。 でも”うーー!” とか”おーーー!”とかいって両手を挙げたり、試合内容よりも観客のアルベロベッロ人のシンクロナイズされたイタリア人ならではの動きに笑いが止まりませんでした。(かなり客観的 笑 日本戦じゃないものね)

 で 日本でも有名になってしまった ジダンの頭突き。大画面で見ました。
こっちでも先週 いろいろと物議をかもしだしていましたが、それを見ていた私と妻Kは、
 どうせマテラッツィが”お前のかあちゃんデベソ”くらいなことを何回もしつこく入ったんじゃないのー?  と冗談でいっていましたが、本当だったんですね(苦笑)。

 毎日イタリア人にまみれている我々にとって、イタリア人の若い男性の一部は ものすごく考えなしでしつこくて 一回ウケると何回も繰り返す癖があり、また 全く反省もしないし悪びれないので、 ああ このマテラッツィもその人間の一人だなあと すんなり納得がいきます。 イタリアのニュースではもちろん彼の見方。
 ジダンの暴力はもちろんよくないと思いますが、よほどの事だったのだろうと思います。 そういうイタリア人には 私だって何度も頭突きしそうになりました。(苦笑)ジダンに同情します。良い子良い子 と褒められて育ったイタリア人と ジダンのように必死で生きてきたフランス人とでは ソリが合うはずもありませんねえ

 
 イタリアには フルボ”furbo”という言葉があります。
辞書で引くと”ずるい 抜け目ない”という意味です。ずるく生きる というと 日本人にとってはマイナスな感じがしますが、イタリアではほとんどが肯定的に用いられます。
 そう うまく 抜け目なく生きないと こっちでは 無能扱い。つまりマテラッツィはピッチの上で だれも録音されていない暴言を吐き続けても 結局真相は証明できないを利用して 怖いジダンを退場に追い込む。後はインタビューでありきたりの発言をすればいいだけ。うーん 実にフルボ。

最近のサッカースキャンダル事件。 ユヴェントスはフルボになりきれなかったようですね。(苦笑)

日本人でよかったタナベ





イタリア 勝っちゃいましたね

現在イタリアでは、いまだワールドカップの熱が上昇中です。

昨日の準決勝、ドイツに 勝っちゃいましたねえ。

私はあまりスポーツ観戦をしないのですが、4年前のワールドカップはすごく面白いと思いました。もちろん日本を応援していたのですが、今年は残念ながら決勝トーナメントにはいけませんでしたね。
こちらイタリアでは日本戦を見ることができず、さらに実感がないワールドカップに。

そのかわりイタリアが決勝進出。

でも実は イタリアにいるからといって 別にイタリアを応援するつもりはあまりないのですが、特に南イタリアという土地柄なのか 私もイタリアファンであると勘違いされており(苦笑)、しかたなく応援している次第です

 イタリア”アッズーリ”達の勝ち方を見ると、ほんっとうに”イタリア人的”だ と思います。

 最後の最後で 勝つもんだから 盛り上がるし 結果オーライ。 もちろん選手はうまいんでしょうけどねえ うまくしめくくるなあ 

 イタリア人は 通常いつも最後の帳尻を合わせるのがとてもうまいので、”いいじゃないか うまくいったんだから”と 反省の色はまるでなし。

 試合後は深夜2時まで この小さなアルベロベッロ住民の半分は外に出て 優勝したときの阪神ファンのようになっておりました。国歌を歌いまくり 国旗をふりまくり、クラクションを鳴らし。。 まるで右翼か(笑)

ともかくも 今度の日曜日の決勝戦はもっとすごいことになりそうです。
 たまたま友人が遊びに来ているので、彼らにとっても面白い経験になりそうです。
ためしにフランスかポルトガルのユニフォームでも着てみようかしら。

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